『地続きの潮』
東京で書くことを手放しかけていた記者が、鞆の浦を歩く。妻との言葉が途絶えたまま踏み入れた石畳の町で、彼は潮に翻弄されながらも火を絶やさなかった人々の痕跡に触れる。潮待ちの港は、いつの時代も何かを失った者を引き寄せてきた。四日間の足取りが、分断されていた時間を静かに繋いでいく。やがて彼は、アスファルトの上に立つ。
ーー 目次
第一章 春霞
第二章 潮待ち
第三章 坂道
第四章 熾火(おきび)
第五章 出潮
第六章 潮目
第七章 冬凪
第八章 火の粉
第九章 篝火(かがりび)
第十章 額縁
第十一章 余燼(よじん)
第十二章 炉
第十三章 開帆
38459文字
原稿用紙 119枚
第一章 春霞
「仕方ないだろ、仕事だ」
「あなたはいつもそうやって仕事に逃げるのよ。その他のことはどうでもいいと思ってるんでしょ」
ダイニングテーブルを挟み、妻は夫を見据える。しかし夫の視線は壁の時計へ、床に置いたキャリーバッグへと落ち、妻には戻らない。
「そんなことはない。俺だって考えてる」
「じゃあ、どうするつもりなの。言ってみてよ」
「……この出張の後に、ゆっ